吉祥寺を散歩しながら感じ考えた言の葉の綴り
by kojimatak
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夢に現れるシーンに思い当たる
今朝床の中で目が覚めたとき、もうしばらく寝ていたいなと思った。床の中が暖かったからかもしれない。今日は、午後から武蔵野大学と恵比寿のセミナーと2ヵ所に出かけなければならない。そんなことを考えているうちにつぎつぎと連想の糸はたぐられていった。
一週間前になるが、武蔵野大学の帰りに三鷹駅にでて新宿経由で恵比寿のガーデンパレスまで行ったことがある。恵比寿のセミナーに定刻までに行き着けるかどうか、あらかじめ予行演習をしてみたのである。
時間はちょうど1時間かかったが、三鷹駅行きのバスを待たないですんだり、乗り換えがうまくいったりしたことがあって、1時間20分は見ておかなくてはならないと思ったのである。
私は未知のところに出かけるときには、可能な限りいつもあらかじめ調べることにしている。余裕を持って到着して過ごしたいからで、いつからこうなったかは定かではないが、たぶんとおく雲取山登山に遠因があるのかもしれない。
ところが突然、連鎖の糸は私のよく見る夢の中の出来事に繋がって、夢の中に出てくる場所がおぼろげながら浮かんでいることに気がついたのである。
あらかじめ調べたことのない未知の土地に出かけることが時々ある。それはお通夜にでるときである。あらかじめ地図の上では調べていくが、ときとして道に迷い、道を探して彷徨うことがあった。そしてまた、お通夜からの帰り道に一人で彷徨い、駅になかなか戻れなかったこともあったのである。
夢のに現れるシーンは駅になかなかたどり着けない、料理屋の裏に出て細い道に入って近道をするがたどり着かない、ほかの道を通っていこうとするがなかなか進まない、ゆるい起伏の土地で駅は見えているのだが道が通じていない、苦労の末いつもたどり着けないで夢は終わっているのである。
いままた思い出すと、通いなれた道なのであるが、裏道に入ったがために目的地に行く道を見失い道を求めて彷徨った場所がある。何度繰り返しても、昼間も夜も、その場所の目的地に行き着けなかった土地があったのである。
小田原の駅から海岸の方に小田原市民会館の近くにある場所である。小田原の市中を走っている道は皆曲がっていて、いつのまにか思わぬ辺りに出てしまうのである。城下町の特性だと聞いたのはあとのことであった。
この小田原駅の周辺は道が曲がっていて、行き先が見えているようでもなかなかたどり着けないし、夜ともなればどこをどお通ったのかも定かでなくなる、小田原駅周辺は私にとって迷路のような街である。まっすぐに見えるからまっすぐに行っても、いつしか曲がってたどり着けない道が、私の中に記憶されて今もある。
だから、行き先についてはできる限りあらかじめ調べておいて、そのとき迷わぬように心がけるようになったのであろう。
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by kojimatak | 2004-12-08 10:06 | 思ったこと
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