吉祥寺を散歩しながら感じ考えた言の葉の綴り
by kojimatak
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北京の墓事情
2月2日朝日新聞夕刊の12面で「中国の仏教」という面白い記事を見た。「こころの風景」に「中国の仏教」という題で門脇佳吉が昨春北京に観光旅行したときのことを書いている。
「最も驚いたのは、調べた限り市中心部に仏教寺院が七つほどしかなく、参詣者もほとんどおらず、周囲にお墓が皆無で、仏具屋も見あたらないことだった。
 北京駐在の日本人商社員に聞いた話はショックだった。北京の中国人は、ほとんどの家が墓を持たず、遺骨は納骨堂に預け、年1回お参りするだけだという。お盆に家族が集まっても、墓参りはしない。私の泊まった家にも仏壇はなく、宗教儀礼は一切なかった。」と。
中国数千年の歴史の中では、あらゆることが起こっているというから、少々のことでは驚くことはないだろうが、さすがにこの墓の話は驚くべきことだと私も思う。近年の中国の葬祭が、まったく宗教感情を持たなくて行われてきたということがうかがわれる話である。ここで言う宗教感情とはとくに仏教をさして使ったつもりだ。かって中国から伝来した仏教は日本では深く根付いたが、ついに中国では失われてしまったと言えるのだろうか。
先日読んだ本の中に、かってポルポトによってすべての僧侶が強制的に還俗させられ、仏僧が皆無となったカンボジャにふたたび出家教団をよみがえらせようとメコン・デルタにいたベトナム籍のクメール人の有資格僧侶が招きに応じてカンボジャに赴き、得度式を行ってカンボジャ・サンガを見事に復活させた、ということが書いてあった。
このことを考えると、小乗仏教のカンボジャ仏教ばかりではなく大乗仏教でも、日本の僧侶が中国に渡り中国仏教を復活させるようなことが起こるかもしれないと思う。
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by kojimatak | 2005-02-04 19:01 | 思ったこと
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