吉祥寺を散歩しながら感じ考えた言の葉の綴り
by kojimatak
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足駄で山を歩いていたころ
今日、テレビを見ていたら下駄の映像があって懐かしかった。
昔のことになるが、奥多摩の山々を足駄で歩いていた頃が私にもあった。木馬道というのがあって、梯子を平らにしたような木で出来た道である。その上を切り出した木を積んだ木製のソリーが走る。私はその道を足駄でよく歩いたものである。丁度、足駄の先端と前歯の角が梯子の横木に食い込んで、少し歩幅は小さいが歩く具合がとても良かった。
足駄は山道を登るときにも都合が良く、降るときにも足駄で走り降りていたものである。登りは足駄のつま先と前歯で角度が確保され、降りは足駄が地につく瞬間ひざをクッションのように緩め、リズムを取って走っていた。走り始めるととても軽快であった。
斜面もよく足駄の歯を使って登った。歯が高いので、斜面によくフィットしたのである。足駄の歯を使って足の底を水平に保てたので、これもまた大変重宝していた。こういうわけで、一時私は足駄登山愛好者になっていたのである。
どうして足駄で登ることを思いついたか分からないが、たぶん高等学校に足駄で通っていたときのことだから、そのまま山に行ってしまっていたに違いないと思っている。
今は、足駄を手に入れるのも大変のようである。
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by kojimatak | 2004-06-14 23:20 | 想ったこと
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