吉祥寺を散歩しながら感じ考えた言の葉の綴り
by kojimatak
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Automator に大いに期待する
今日買ってきた MacPeople 9 を読んでいたら、「Automator プログラミング不要! AppleScript より身近かな自動化ツール」という見出しがあった。
私は10年近く前に QuicKeys というショートカット作成ユーティリティーソフトを使って繰り返し作業を簡略化しようとしたが、挫折した経験がある。動作させようとしたアプリケーションの理解が不足していたのが原因だと思うが、 QuicKeys を使いこなすことは至難の業であった。AppleScript は最近でも、うまく使うことはできていない。
私のマシンの凾体は Mac G3 ベージュなので、Panther を使うことができない。だからまだPanther の機能を知らないから、Tiger の機能もよく見ていなかった。Automator はTiger のウリの機能だという。
Mac の GUI は、直感性に優れている反面定型的な繰り返し処理に弱いということが云われ続けており、その常識を覆すべく登場したのが AppleScript だったが、この言語を使った作業は一般には難しく、一部のユーザーが使うだけであったという。
その失敗をふまえて今回登場したのが、Automator で、誰もが容易に定型処理を記述できるようになったのだという。Tiger の登場で、GUI は定型作業に弱いという言葉は過去のものとなるだろうという。
私は今、Mac G5 を購入しようと思っているから、この機能についての紹介は見逃せない。早速アップルのサイトを訪れて見ると、「Automator パーソナルな自動処理アシスタント  ・・繰り返しの多い複雑な作業をプログラミングなしで簡素化するのを助けてくれる、画期的でパーソナルな自動処理アシスタント — Automatorをご紹介しましょう。それはさしずめ、Macの中にいるロボットのように働いてくれます。・・不平を言わないロボット」とある。
早く Mac G5 を入手して先ず Panther に慣れ、来年発売の Tiger の登場を待ちたい。
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by kojimatak | 2004-07-31 20:22 | 思ったこと
この暑さでルーターがダウン度々
今日散歩から帰ってくるとインターフォンが鳴って、”インターネットが使えないんだけど”という。数日前にも同じことがあったばかりである。家の中には LAN が組んであって MAC が 4台常時接続されている。
”すぐ直すからしばらく待ってて”と私はいいながら、またルーターがダウンしたな、と思った。先日はルーターの電源を5分ほど切って凾体を冷やし、再び電源を入れてダウン症状を回復させた。今日は外出したときクーラーを切っていたので、部屋の温度は34度になっていた。ルーターの置いてあるところはそれ以上の高温になっていたと思われる。
今日は電源を切ろうとして凾体を持ったとき、凾体のあまりの熱さに声を出して放り出してしまった。改めて凾体に触ってみると、手を当ててはいられないほどの高温になっている。
私が使っているルーターは NTT-ME 製の BA 8000 Pro で、縦型の凾体の寸法は幅33mm、奥行き185mm、高さ152mmである。ルーターの設置カ所は壁に切り込んである作り付けの棚で、壁から 60mm 離して置いてあり、発熱側は 600mm 以上空いている。しかしこの頃、クーラーを温度設定 24 度にしていても、室温は 30 度であるから、ルーターの設置カ所の温度は 30 度を下ることはない。
今日は凾体を引きだして横たえ、その上下に冷凍庫から取りだした保冷剤をハンカチに包んで当て、冷却させた。20分ほどして凾体を手で触ってみると冷えていたので、元通りにして電源を入れた。インターネットは即座に使うことができた。
Power Mac G3 ベージュの凾体は、今のところ熱でダウンしたことはない。
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by kojimatak | 2004-07-30 21:13 | 考えたこと
長江文明を追って三江流域からメコン圏に至る
「古代日本のルーツ 長江文明」安田喜憲の中の「なぜ長江文明が滅んだのか」を読んでいて、「漢民族に押されていく三苗の悲しみを象徴するのが、詩人の屈原だろう。屈原は楚の人であり、苗族の出身である。屈原の詩は、物悲しく、滅びを予感させるかのようだ。」というところが気にかかった。屈原が苗族の出身で、長江文明から生まれ出てきた人であることを初めて知ったからである。
私は「屈原 苗族」をキーワードにしてウエブ検索をしてみた。すると出てきた中に 「メコン・仙人たより」 というのがあり、「メコン、南、苗族、クメール、招魂、屈原、楚辞、江口久雄、白河静」というキーワードが現れてきたのである。現れてきたキーワードは多すぎるので、先ずメコンを探って見ることにした。
キーワード「メコン」で現れてきたのは、 「メコンブラザ(案内入り口)」 である。早速入って見ると、 「メコンブラウザ・正版」 というのがあるのでさらに深く入ってみた。ここでみたものの中に「共飲一江水」という文字があった。その説明は、「『共飲一江水』とは、1961年、中国・周恩来総理が、ビルマを訪問した折、同行の陳毅元帥が、ビルマ友人に送る詩として詠んだ詩句の一節である。河の上流と下流にある両国の関係の深さを歌ったものであるが、現在の国家、民族など異質なものの間で共生関係を作ろうというこの地域の在り方を表すのに、適切な句ではなかろうか?」となっている。
「共飲一江水」のなかの江は中国では長江を表しているというが、メコン川も中国では江なのであろうか。メコン川の上流である雲南省には、中国で最も大きな川の長江、東南アジアを縦走するメコン川(瀾滄江)、ミャンマーに流れるサルウィン川がそろって流れている。そしてこの、わずか60数キロあまりの距離間に寄せ合うエリアを 三江流域 と呼び、2003年 世界遺産 に登録されている。
「古代日本のルーツ 長江文明」のつづきであるが、長江文明をになった人々が遥か長江の上流に生き延び、更にメコンの上流から下流に下っていったのであろうか。「稲作漁撈民」たちの新世界を求めて辿った遥かなる江の旅を思うと、私は改めて、人間の底知れぬ素晴らしさに深い敬意を抱くのである。
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by kojimatak | 2004-07-29 22:53 | 思ったこと
フウの木をめぐって探求の旅に出る
フウの木が文明のシンボルになっていることを知ったのは、「古代日本のルーツ 長江文明の謎」を読んだからである。
「城頭山遺跡からは1000点近い木材が出土している。その材木を米延仁志氏が調べると、80パーセント以上がフウの木であった。フウの木は、中国名風香樹という。マンサク科の落葉高木であり、大きいものになると高さ40メートルにもなる。」
そして現代にもフウの木にまつわる文化や神話が残されていて、それは中国広西壮族自治区の少数民族である苗族の中に、フウの木への崇拝がある、というのである。
私は調布市の神代植物公園でモミジバフウの大木を初めて見た。長いトゲのある奇妙な姿の実をいまでも自宅に飾っている。このフウの木はアメリカ産のフウの木である。
そこで、「フウ 中国」をウエブで検索してみると、 「生きている化石植物「フウ」の話」 という面白いサイトに出会うことになった。
フウの木は、イチョウやメタセコイアのような生きている化石植物であり、日本にもその化石があったというのである。
「フウは新第三紀(2600〜200万年前)の地層から葉の化石がよく見っかることで有名です。埼玉でも川本町の荒川の河原で葉の化石が見っかっています。」
「1990年埼玉県が地盤沈下対策のための観測井(かんそくせい)を春日部市で掘りました。その時採取された地層を使って、花粉化石を調べました。すると、かなり浅い第四紀(200万年〜現在)の地層から、たくさんフウの仲間の花粉化石が発見されたのです。地層は浅いほど新しいですから、今までの常識をくつがえす発見になるかも知れません。」
私はこの記述をみて、想像をたくましくしたのである。
人類が出現して初期活動を始めたころ世界にはフウの木がたくさんあって、フウの木を生活するのに使っていたのではないだろうか。そのころすでに狩猟の民と農耕の民とがあって、巨大な動物とも共存していたのではないだろうか。
狩猟の民はその巨大な動物と戦って食料にし、農耕の民はその巨大な動物とは戦わず犠牲を与えて難を避け農耕を続けていたのではないだろうか。つまり私は、犠牲の原因が解らず密かに探求を続けていたのだが、農耕民は戦わずに巨大な蛇、巨大な恐竜のような巨大な動物からの難を避ける方法として、この犠牲という方法をとらざるを得なかったのではないか、と閃いたのである。
犠牲というのは、現在その意味が解らなくなっていても、祭りとして太古の記憶を再現して伝えようとしているのではないだろうか。
私の夢のような話しはここまでで、今日は終わることにしたい。
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by kojimatak | 2004-07-28 22:52 | 思ったこと
人はなぜ殺し合うか
今朝の朝日新聞27面の囲み記事見出しに「宇宙の底で 柳沢桂子」というのがあった。この中で、人間の気質の偏向があると、ムートンらの説を引いて「内集団・外集団偏向」という気質的な固定観念を紹介している。
集団のメンバー同士特別な感情を持ち、外部の人間に対して攻撃的になるというものである。イラクの戦争で思い当たることがあるであろうという。そして生命科学者である柳沢桂子の結論は、「戦争は本能であるという考え方は科学的でない」とはいえないと思う、また「戦争について、DNA レベルまでさかのぼって多方面から深く研究することが必要であろう」、というものである。
思えば、釈尊でさえ釈迦族の滅亡を止めることは出来なかった。調べてみると、この釈迦族滅亡の際にとった釈迦族の行動はアヒンサー(不殺生)と呼ばれ、相手の生命を奪わず、自身の生存を望まず、釈尊と釈尊の一子を残して完全に滅亡した、とある。
釈尊が与えたアヒンサーは、無抵抗とか抵抗を越えて、あらゆる生物を殺したり傷つけたりしないだけでなく、時として自分の生命を相手に与えて顧みない、悔いないという積極的な慈悲心によっているという。
知恵を持つ人間は、こうしてアヒンサーの実行を通じてしか、戦争を回避することは出来ないのだ、と私は思った。つまり殺生に対して殺生で応ずれば、殺生の輪廻から抜けることは絶対に出来ないと釈尊はいっているのである。
だがアヒンサーを実行しても殺傷を止めることは出来ない。それでもアヒンサーを自ら実行することにしか人類の将来の生存の望みはないのではないだろうか。
日本は今、自らの不殺生の道を捨て、他人の殺生の論理の道を選ぼうとしている。
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by kojimatak | 2004-07-27 18:38 | 考えたこと
徒歩交通都市は素晴らしい
今日、面白いサイトの面白い話に出会った。その話の中で私は初めて 「徒歩交通都市」 という概念を知った。
話しは対談のなかで、江戸時代の人口が100万人になって、過密になりすぎて都市の機能を(犯罪、住宅、ゴミ)果たせなくなったとき、人口流入制限をせざるを得なくなった、ということに関連して語られている。
関東平野は広いのだから、人口流入制限をしなくとも、「まち」自体を一回り広げ、過密を緩和させれば良かったのではないか、という考え方に対して、次のように語られているのである。
「(人口流入制限をしたのは)、江戸が「徒歩交通都市」であったことが関係しています。当時は歩くことが主な交通手段でした。江戸城を中心に放射状につくられた江戸の「まち」の広さは、半径約一里半(約6㎞)。これを徒歩時間に換算すると約一時間半かかります。この一時間半という時間が、一つの都市としての限界、または情報伝達の限界でもあるのです。」
ここに1時間半という時間を見て、私は、現職の頃を思い出したのである。片道1時間半をかけて30年余も通勤していたのであるが、「1日通勤交通都市」の範囲は1時間半なのかも知れない、と思った。
また、私の散歩の範囲は往復で1時間半から2時間半くらいにしている。つまり半径約一里(約4㎞)にしているのである。散歩の道は歩き易い道を選んでいるが、「徒歩交通都市」が現在の都市にも実現されたらいい、高齢者社会になるのだから、と心から思う。
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by kojimatak | 2004-07-26 18:42 | 思ったこと
ユビキタス社会をめざして
今朝の朝日新聞5面の見出しに「IC タグ 国際標準狙う」とある。記事を読むと、「02年6月、トロン改良の協同組織「Tーエンジン・フォーラム」などをつくり、トロンを使ったシステムで動く IC タグの規格統一を協議してきた。当初は22社だった会員は、海外大手も含む450社までに増えた。だがこの規格統一を阻みかねない計画が国内で進んでいる。経済産業省が主導する「響プロジェクト」だ。04年度から2年間で13億円の国費を投じ、企業からの会費も使って国際標準のタグを開発しようという試み。」
さらに読むと、「3月に業界団体が開いたセミナーで経産省の新原浩朗情報経済課長(当時)は「優れた技術が標準化争いで勝てるわけではない」「「勝馬の標準」に乗ることが大切だ」などと話し、メーカーを響プロジェクトに引き寄せようとした。」とある。
これは小泉政権がとっている政策決定の軌跡にそった、日本の屈辱的状況だと思う。
コンピューターを制御する基本ソフト(OS)の「トロン」を84年に開発した坂村健東大教授がいう、「「追い続けてきた「どこでもコンピューター」の世界が、もう少しで実現する」」を応援したいと思う。「トロン」はユビキタス社会の夢を追う、日本が生んだ世界的技術なのだから。
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by kojimatak | 2004-07-25 21:33 | 考えたこと
稲作のルーツは長江中・下流域で一万四千年以前
長江文明に興味を持って、吉祥寺図書館で手にした一冊は、「古代日本のルーツ 長江文明の謎」安田喜憲・青春出版社・2003年6月15日・第1刷である。
冒頭から「古代史を書き換える発見」とある。世界の四大古文明に、あと何年かするともう一つの古文明「長江文明」が加えられるにちがいないという。
その中の「稲作のルーツをさかのぼる」の中で、湖南省の玉蟾岩遺跡や、江西省の仙人洞遺跡、吊桶環遺跡のイネの起源は、一万四千年以上前にさかのぼる可能性があることから、稲作農業の起源は一万五千年前のベーリングの温暖期の開始が大きな役割を果たしたと私(著者)はみなしている、としている。
私はこの本を読んで、最近の遺跡調査によって稲作農業の起源が明らかにされてきていることを知った。そしてアジアの事実を知ることのなかった西洋中心の文明史観が、書き換えられることは必定であると思う。著者安田喜憲の、「人類史の変動には自然環境の変動が大きく関わっている」という「文明誕生多元説」を知ることになったからである。
まだ80ページまでしか読んでいないが、この本は非常に面白い。
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by kojimatak | 2004-07-24 10:48 | 思ったこと
日本は戦後クエーカー国家となったという
私のとっているメーリングマガジンに、「 新渡戸稲造の弟子達によって 「日本は戦後クエーカー国家となった」 という紛れもない事実がある。これはある程度調べれば簡単にわかること。」とあった。
キリスト教についてはほとんど理解していない私であるが、この記事に興味を抱いたので、クエーカーをキーワードとして検索してみた。
十七世紀イギリスに発祥してアメリカに渡り、彼らの州を作ってペンシルバニアとなっている。 クエーカー のモットーとするところは絶対的な平和主義と誠実であることへの献身であるという。
私はアメリカがピューリタンの国であることは知っていたが、同じようにクエーカーたちの国でもあることは今まで知らなかった。憲法第九条こそ、クエーカーが思い描く理想が詰め込まれた偉大なモデルとなっている、のだそうである。
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by kojimatak | 2004-07-23 22:19 | 思ったこと
縄文文化はシベリアと同時に出現か
昨日の朝日新聞夕刊12面文化欄のの見出しに「縄文像の現在 三内丸山から10年 下」に「問い直される「日本独自」住居や土器 大陸と類似性」とあった。
記事によると、縄文文化を、日本列島を越えた視点で捉えようとの試みが進んでいるとし、ロシア科学アカデミーが行ったシベリアのアムール川流域の遺跡から出土した土器の研究などから、土器の出現がシベリアと日本でほぼ同時であるなど、この時期広い範囲で土器が使われはじめたという。
これらのことから、縄文文化が日本独自の文化という考え方を、より広い視野から問い直すことが必要との考え方が出てきている。
中国では、黄河流域の小麦文明だけが取り上げられ、米文明などありえないと云われ続けてきた。ところがここにきて、世界初の米文明である長江文明の可能性が出てきている。
縄文文化が日本ばかりでなく、もっと広域な文化であることは大いにありえることと、私は思い期待している。
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by kojimatak | 2004-07-22 20:16 | 思ったこと