吉祥寺を散歩しながら感じ考えた言の葉の綴り
by kojimatak
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
<   2005年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧
発見で変わる事実と科学常識
購読しているメールマガジンで 「カエルから学ぶメカニズム」 という面白い記事を見た。記事の内容は「記事はカエルの冬眠についてであった。これまで知っていた冬眠の常識が覆された。カエルのなかには体内の水分の65%までを凍らせてカチンカチンにし、心臓をも停止させて春を待つ種類がいるというのだ。これまで冬眠というのは、深い眠りについてはいるものの、内臓は活動しているものだと思っていた。クマやヘビなどがそうだ。」というものである。
発見によって事実が見いだされるまでは「科学的にあり得ない」という事実は多いが、この冷凍カエルの発見もその一つの事実なのであろう。科学という未完の学問は、発見によって学問領域を拡大しながら生き続ける人間の書いた記録だからである。
つまり発見される事実は、生き続ける人間の人間としての価値観によって見いだされるのである。ここでいう人間としての価値観とは、人間とは何であり、人間が生きる意味とは何であるか、など人間としての疑問に答えることが出来得るという確信のことである。もちろん、このばあいの事実とはこのような人間によって発見され、はじめて事実となるものである。こうしてしばらくたつと、この記録は常識の仲間にはいって、人間としての価値観をさらに高めていることであろう。
この記事を読んだ私の感想である。
[PR]
by kojimatak | 2005-01-31 13:12 | 思ったこと
フランスとコミューン
昨日の朝日新聞夕刊2面の「フランス分権事情(上)」に面白い記事が載っていた。記事には「日本では政府の掛け声による合併推進で、小さな町村がどんどん消えていくのに、中央集権国家のフランスでは、日本の市町村にあたる基礎的な自治体「コミューン」が3万6千余りある。うち人口500人に満たないコミューンは2万以上も。合併に背を向けながら、地方分権に取り組んでいる最新事情を報告する」とある。
私はむかし パリ・コミューン という言葉を知っていたが、そのとき滅んだとあさはかにも思い込み、コミューンが現代に生きていることは考えてもみなかった。だが、 コミューンはフランスばかりでなく、ドイツで1万3千、イタリアで8千、スペインで8千、スイスで3千もある という。
フランスでは人口80万人のマルセイユも200人程度のカマンベールもコミューンであるというから、日本の市や町や村の概念では計り知れないものがあると思う。200人程度というのは字とか丁目とかになるのだろうか。古い環境を名実ともに持ちこたえているフランスなどヨーロッパの国々に、私は驚きの目をみはったのである。
EU を推進しているフランス人達が現在もなおコミューンの存続を目指すという。合併と分権とには日本人には思いもよらない考え方があるのではないかと、フランスのほかドイツ、イタリア、スペイン、スイスの人々の考え方を改めて知ってみたいと思う。
[PR]
by kojimatak | 2005-01-26 18:32 | 思ったこと
小田原市、防災で離れた自治体とのバックアップ体制確立
今日のメールマガジンで 「小田原市、防災で離れた自治体とのバックアップ体制確立」 という気になる記事に出会ったので飛んでみた。 小田原市 関東大震災・初発震源の直上 でもあり過去に甚大な被害を被っている。かって小田原市内の一部だが山地災害の復旧と予防のため歩き回ったことがあるので、防災には少々関心がある。
小田原市の職員と若いベンチャー企業が共同して災害発生時の防災を研究し、実行可能性に重点を置いた防災システムを自ら手作りしていったところに素晴らしさを感じた。更に、 サーバを姉妹都市の今市市や甲府市にも置いて 、万一に備えるなどの対策をとっていることもいいし、開発した防災情報システムを一定の条件の元に無料提供するというのもまた素晴らしい。
関東大震災を知る
面白いページ
豆相人車鉄道 大正12年(1923年)の関東大震災で壊滅的な打撃を受け復旧の見通しが立たないまま同年営業廃止。
[PR]
by kojimatak | 2005-01-17 12:42 | 思ったこと
スマトラ沖地震
今日のメールマガジンで「 「萬晩報」 050109 南アジア津波災害ー3分間の沈黙 」という記事を見た。そこには次のようにある。
「ヨーロッパは一昨日(2005年1月5日水曜日)、南アジアの津波被害者への共感をこめて、EU加盟国25カ国で4億5000万人が、正午の鐘の音とともに3分間の沈黙のときを持った。この大がかりな3ミニッツ・サイレンスは、死亡が確定した人々や行方不明者への追悼として行われただけでなく、けがをした人や親をなくした子どもたち、家を失った人々、親しい人を亡くした人々すべてへの連帯を表すために行われたものだ。」
このニュースを新聞やテレビで見た覚えはないなと思った。新聞をしらべ、ウエブ検索してみても見当たらないところをみると、報じられていないのかもしれない。日本ではこのような習わしがないので、関心を引いていないのかも知らないとも思う。
それにしても後半の記事には考えさせられるものがある。
「昨日のガーディアン紙第一面には興味深い見出しが掲げられていた。それは、ジャカルタでの津波被害サミットを前に発表された、UNからのお小言について書かれた記事だったのだが、まず「いまこそ実行のときだ」と大見出しがあり、その下の小見出しは「災害援助をチート(cheat)するなよ、とUN事務総長が釘を差す」というものだ。わたしの周囲でこのチート(だます、裏切る)という言葉をもっとも頻繁に使うのは息子を含めた子どもたちなので、子どもたちの流儀で言ってみよう。「出すと言ったもんは全部出せよ、しらばっくれるなよ」と。秀逸な見出しだなあと感心した。」
ここで私は、EU加盟国25カ国とはちがう日本という国を改めて感じたのである。多民族で成り立つ国という、国の成り立ちがその違いかもしれないと思う。
[PR]
by kojimatak | 2005-01-09 19:03 | 思ったこと